レポート 長尾淳一郎(料理)

料理「ふれてみたい? みんなで作るフランス料理の世界」

窓の向こうでは霧が晴れ、調理室にあたたかい光が差し込み始めた。

集合の合図でコック帽をつけた受講者が先生の周りに集まる。小学1年生から5年生までの、6人の男の子と女の子。頭の上のおおきなコック帽と、山のように盛られた食材を前に、こどもたちはそわそわ。いまからみんなで、これらの食材を美味しいフランス料理に変身させるのだ。でも、いったいどうやって? その方法を教えてくれるのが、このワークショップの教授である長尾淳一郎先生だ。長尾先生は普段、亀岡市にある古民家をつかったゲストハウスの一角で、創作フランス料理のお店を営まれている。講師を務めるのは今回が初めてだそうだ。

食材を無駄なく、循環させる

ワークショップはまず作戦会議からスタートした。今日作るのは野菜のポトフ、付け合せのパン、デザートに洋ナシのコンポート。メインはローストチキン。2人一組、3つの班に分かれどの料理を担当するかを決める。

担当が決まったらさっそく調理開始だ。スープ班は抱えきれないほどの色鮮やかな野菜を切ることから。「いつもお母さんの手伝いをしているよ」と、手馴れた様子でさくさく野菜を切っていく子もいれば、中には「包丁を使うのは今日が初めて」という小学1年生の男の子もいる。先生から包丁の使い方を教えてもらい、左手に安全用の手袋をはめて挑戦してみる。ぜんぜん、こわがる様子なんてない。すぐにコツを覚えて包丁に慣れてしまう。「この野菜手強いわ~」「焦がすの以外、料理に失敗はないで」「でも、焦げても美味しい時もあるよね」「うんうん」。調理の合間には奥様方顔負けのおしゃべりもきこえてくる。

隣はデザート担当のふたりが、果物の皮を丁寧にむいてゆく。ゆず、洋ナシ、スパイスをいれ、くつくつと赤ワインのアルコールを飛ばしながら静かに煮込む。洋ナシや柑橘類をむいた2人の手はぬるぬる、けれど甘くときどきすっぱくていい匂い。パンは、先生があらかじめ捏ね、発酵させた生地を、丸パンとフランスパンに成形する。秤を使って、生地をひとつずつ同じ重さにわけて熱々のオーブンへ。

そして一番奥の調理台では先生が、メインになるローストチキンの用意を。これには子どもたちも、手を止めてじっと見入っていた。まだ、もとのかたちを彷彿とさせる丸々とした鶏肉を先生は軽々解体していく。削いだ肉や、外した骨はポトフの鍋にいれ、出汁をとるのにつかう。そういえば、ポトフ用に切った野菜の端っこの部分、コンポートに入れた果物の皮、普段の生活の中で生ゴミとして捨てられてしまうようなところも、まだ役目を終えずに出汁として料理に役立っている。どうしても残ってしまうところや、残飯は先生が持ち帰り畑の肥料にするそう。そして肥料になった食物が野菜を育て、またかえって来る。食材を無駄にすることなく、循環させることは長尾先生がつよく意識されていることだ。

シンプルに、自分の感覚を大切に

懇切丁寧に書いたレシピは用意されていない。先生が終始つきっきりで子供達を指導する様子もない。長尾先生から出される指示はとてもシンプルなのだ。例えば野菜を切るとき、どれくらいの大きさに切るのかと問われれば「自分がたべやすいと思う大きさに」と。コンポートの味付けについても「おいしいなと感じる甘さになるまで」と、先生はおっしゃる。任されたこどもたちは、食材が料理として完成し、口に運ばれる瞬間を想像し、それぞれが考えながら料理をする。「自分たちでやったっていう自信をつける、子どもの頃にそういう経験するのはいいんじゃないかって。学校の教育もそうですけど。これをしましょうって枠をそのまま、行ったら計算通りそのままやらされても、僕自身面白くありません。自分たちで考えてっていう方がこれからの時代は大事かなって」。良い意味で、子ども達に投げっぱなしにする。それはこどもをひとりの人として信頼するということでもある。

ワインの少し渋みのある香り、お肉の出汁と油がはじける音、茹で上がった蕪の葉の冴え冴えとした色のそれはそれは美味しそうできれいなこと。漂ってくるに匂いや音はこどもたちの冴え渡る五感を刺激して、どの調理台からも「はやくたべたーい」という声が上がる。パンが焼けるまであともうすこし、もうすこしで完成だ。

思いがけない喜びと驚きと

こどもたちが自ら好きな皿や今日のメニューを食べるために、必要だと思うカトラリーを棚から選び、完成した料理とともに机に並べる。そう、テーブルセッティングもフランス料理の世界を作るにあたって外せない要素のひとつ。そして、出来立ての料理を自分たちだけで食べるのもいいのだけれど、誰かに食べてもらうのは緊張もあり、作り手に思いがけない喜びや思い出をもたらす。完成したポトフやコンポートを、お母さん、長尾先生、他のワークショップを終えた講師の先生方にも味見してもらい「もっと甘くしてみては?」とお母さんから意見が出れば、味付けを変えてもう一度食べてみる。

取材をさせていただいたわたしも一緒の席に着きご馳走になった。先生と子供達の作ったフランス料理のコースはどれもほんとうにおいしかった。2本のフランスパンは膨らんでオーブンから出してみたらくっついていたけれど、それもまた、こどもたちにとっては驚きのひとつ、焼きたてのパンの周りをぴょんぴょん跳ねて息つく暇はない。すべての料理を食べ終わり、机と調理台をきれいに片付けたら、こどもたちはまたそわそわしはじめる。「先生、外でおにごっこしよう」といって満腹のお腹を抱えて駆けていく。

文 / 渡邊風子(京都造形芸術大学文芸表現学科 卒業生)

公開日:2019年7月4日